「ショウさん。ショウさん。大丈夫ですか。」
僕は急に腕をギュッと掴まれてハッと我に返った。有紀の母親が心配そうに見上げていた。
「これからちょっと教会までいって神父さんに挨拶してこようと思います。帰ってくるまでゆっくり有紀と話してやってください。少し顔が蒼いようだけど、大丈夫。」
「ええ、大丈夫です。ちょっと・・・。」
有紀の母親は僕の顔を暫く覗き込んでいたが、弱々しく笑うと教会の方に歩いていった。
それを見送ると、僕は静かに有紀の墓の前にひざまずき手を合せた。
「ただいま、有紀。ずいぶん会いに来るのが遅くなってしまったね。本当にごめんよ。でもね・・・、有紀。有紀はずっと僕の中で。・・・ここに来るまでずっと生き続けていたんだ。僕は君が死んでしまったとは思いたくなかった。君がいるから頑張って広い世界を歩き続けて、それで、最後に帰る場所が君の元だと決めていたんだもの。
僕は君とニューヨークで別れた日に、これから二人で生きていける場所を見つけ出そうと心に誓ったんだ。僕が納得できる場所だったら、たぶん君も納得してくれるだろうと思って・・・。」
手を伸ばした有紀の墓は冷たく、何も僕に答えてはくれなかった。
それから僕はカバンの中から小さな包みを取り出して、墓の前に置いた。
「覚えているかい。君がシドニーのラッシュカッターズ・ベイのフラットに住んでた頃、隣に住んでたマーサ叔母さんから託されてきたものなんだ。
僕はあれからまたオーストラリアに帰った。君が暮らしていたフラットには何度となく足を運んで、君が暮らしていた部屋を見上げたよ。フラットの前に立っていたら、いつか君が出てくるんじゃないか。そんな気がしてね・・・。
そんな時、マーサ叔母さんに会って、君の事話したんだ。有紀のことはよく覚えてた。買い物帰りに足の悪い私のために、よく荷物持ちをしてくれたってね。凄く残念がっていた。この押し花は、僕が日本に帰る前に、有紀の墓に供えてって渡してくれたんだ。おばさんの部屋のベランダに咲いていた花を摘んで作ったといってた。これだったら気兼ねなく日本に持って帰れるだろうからって。」
僕は包みを開いて、風で飛ばされないように小石を置いた。便箋位の大きさの紙に小さな三色の花が留めてあった。
「それからこれは、ピーターから託されてきたものなんだ。」
僕はカバンから、3年も経って少し黄ばんでしまった封筒を取り出して広げた。
「ピーターは僕がオーストラリアに行って会いに行くまで何も知らなかった。突然訪ねてきた僕のことにも驚いていたけれど、有紀のことを知ったときの落ち込みようはひどかった・・・。
日本を離れてから東南アジアやヨーロッパに行ったらしいね。君にはその間ずっと連絡がついてたといってた。その間に有紀が婚約を解消して、それまで勤めていた会社も辞めてしまって。それでピーターは僕がいたヨーロッパにてっきり行くものだと思ったらしい。有紀がそうすることを、ピーターは随分望んでたらしいね。
だけどそれからしばらくして急に連絡が取れなくなったので、心配はしてたらしいんだ。有紀の実家の方には一度お邪魔したことがあったけれど、住所や電話番号は知らなかったらしいね。
この手紙は、最後に君に何もいえなかったから、僕に有紀の所に届けてって頼まれたものなんだ。ただ、預かってから随分時間が経ってしまって申し訳ない。
じゃあ、読むよ・・・。」
僕は封筒の封を開け、3年間も眠っていた手紙を取り出した。ピーターにはこんなにも時間が経ってしまって本当に申し訳なく思った。
「ディアー ユキ・・・・・。」
―ショウから君が事故で逝ってしまったと聞かされて、僕はどんなにショックだったことか。あれだけ元気で明るかった君が、こんなにも簡単に逝ってしまうなんて、僕はいまだに信じられないでいる。もう一度会って話せるなら、僕はどれだけ君に感謝の言葉を伝えればいいだろう。仕事でもプライベートでも、何度となく僕は君に助けられた。そのお返しを何ひとつできないまま、君は逝ってしまったから・・・。―
僕と有紀は距離があり過ぎたために、知り合ってからそれほど会って話もできなかった。だけどピーターと有紀との付き合いは、シドニーの大学を共に出て3年間もあった。僕はオーストラリアで何度となく、しつこく有紀のことをピーターに尋ねたが、ピーターの手紙にはそれでも僕が知らなかった思い出話が書かれていて、僕にはそれが少し羨ましかった。
―最後に、これはショウのことで、どうしても有紀には知っておいてもらいたいから付け加えておくけれど。実はショウがプライベートなことで日本に帰国するというので、ぜひ君へのこの手紙をぜひ託したいと頼んでるんだけれども、彼は何故か君の墓に会いに行けないかもしれないというんだ。どうしてって何度もきくのだけれども、どうもはっきり理由を話してくれない。僕は日本にいた頃、日本人の心がたまに理解できないって君に言ったことがあるけれど、今回のショウの気持ちにも、どうも僕には分からない部分があった。もうすでに君が逝ってしまって4年経ってるんだよ。有紀の気持ちを考えたら、何をおいてもとっくに君の元に駆けつけてもいいはずなのにね・・・。だけどね有紀、この1年間、僕はずっとショウと友達付き合いをしてきた。それで思うんだ。ようく考えたらね、ショウは僕に会うと、いつも君のことばかり聞いていた。たぶん君がシドニーにいた頃行ってた場所は、全て訪ねてるんじゃないかな。それから、ショウがオーストラリアに帰ってきた頃、自分でちらっと言ってたことだけれど、有紀の前に僕という人間が現れなかったら、たぶん有紀はあのまま幸せな結婚を
して、いまも元気に暮らしてたんじゃないかって・・・。そんなことを僕に話してから、ショウはずっと遠くを見つめて生きてる感じだったよ。ショウが君に対して言ってきたことを裏切らないために、ショウは無理してでも納得できる生き様を探してるんじゃないか。と、僕は思ってるんだ。有紀が知らないところで、ショウは本当に物凄く頑張った・・・―
それから先を僕はまともに声を出して読むことができなかった。有紀がいなくなってもがいていた頃を、ピーターがこうして有紀に話してくれるなんて思ってもみなかった。日本に帰ってからというもの、僕の周りにはあの頃を知る人間は誰もいなかった。だからよけい何を言う気にも、何をする気にもなれなかった。僕自身も諦めていた。
頑なに閉ざしていた僕の気持ちを、ピーターの手紙は少しずつ和らげてくれていた。たぶんこの手紙は、僕が読むことを見越して、ピーターが僕に「肩の力を抜いてそろそろもっと気楽に生きろ。」そういう思いも込めて書いたんだということがよくわかった。
「ショウさん・・・。あなたは有紀をじゅうぶん愛してくれてたんですね。遠く離れて暮らしていて、どれだけ有紀のことを思ってくれてたのか。私にはそれがわからなかったの。ピーターは有紀の学生時代からの友達でしてね。ピーターが日本にいた頃、有紀が連れてきて一度会ったことがあります。有紀が最も信頼をおいていた友達の一人だったの。その彼がこうして教えてくれるなんて・・・。ショウさん、ほんとにありがとう。」
いつの間にか有紀の母親が帰ってきて後ろに立っていた。僕が有紀に読んで聞かせていたピーターの手紙を、ずっと後ろで聞いていた様子だった。
それからしばらく僕達は黙ったままじっと有紀の墓を眺めていた。僕にはもうこれ以上口に出して言うことはなかったし、有紀の母親もそれは同じだったに違いない。
もうすぐ梅雨に入ってもおかしくないような6月のジメジメした天気が有紀の母親には辛かったのか、先に有紀の母親が僕に尋ねた。
「ショウさん。明後日日本を発つっていってましたよね。明日は何か予定でもあるんですか。」
僕は立ち上がって有紀の母親の方に向き直り、首を振り、少し照れくさかったが、明日はまたここに来て有紀と何か話すつもりでいると伝えた。
「そう・・・。・・・わかりました。でも、もしよかったら、夕方ここへ迎えに来ますから、もう一度うちへ寄ってくれませんか。あなたに渡したいものがあるし、きっと主人も一度会いたいと思っているはずですから。」
僕は少し考えたが、快くその申し出を受けることにした。
「よかった。じゃあ4時に迎えに来ますね。」有紀の母親は安心したように頷いた。
「じゃあ今日はこれで送りましょうか。」
僕はその申し出は断った。もうしばらくここにいて有紀に話したいことがあったので、先に帰ってくれるようにいい、マーサ叔母さんから預かった押し花と、ピーターからの手紙を渡した。
有紀の母親はそれを大事そうにバックに入れると、「今日は来てくれて本当にありがとう。」そういって深々と頭を下げ帰っていった。
次の日、僕は朝から有紀に会いに出かけた。
入梅が間近だというのに、この日は朝から良く晴れて、気持ちのいい朝だった。
着いた早々、僕は有紀の墓の前の芝生に倒れ込むと、仰向けになって蒼い空を見上げると、有紀に色んなことを語りかけた。
ニューヨークでの想い出。アメリカでのこと。南米や中国のこと。どこで飛行機のチケットを買い、どこでビザを取り、どこからバスに乗り、どこどこの町ではどんな安宿に泊まり、どこどこの小さな街では見ず知らずの叔母さんに大変お世話になったこと、またどこどこの地方では貧しそうな小さな兄妹の姿に心が痛んだこと、もちろん辛いことばかりじゃなくて、たまには腹を抱えて笑ったこともあったこと。それから・・・、有紀に物凄く会いたがっていたゴギのことや、重さんや滝さんのこと。
一日中僕は有紀に、伝えることができなかったことを話し続けた。
だけど、返事をしてくれる相手がいない辛さは何度もおそってきて、その度に僕は咽び上げていた。一人になった辛さを身にしみて感じていた。
そして、あれから8年経ってしまったけれど、僕の中の有紀の存在の大きさを改めて感じた。
有紀の母親はピッタリ4時に僕を迎えにやってきたようだったが、 僕が芝生の上に寝転がっているのを遠くから見て、何を勘違いしたのか少し慌てた様子で、息を切らせながら僕の顔を覗き込んだのには驚いた。
「・・・あれ、ショウさん大丈夫なの・・・。いやだ、驚いた。」
最初会った感じが、有紀に似て冷静そうな感じだったので、そう言って一人で笑い出すのを見て僕は少しあっけに取られてしまったが、何となくこの人が何を勘違いしたのかわかって、僕は起き上がってつい一緒に笑ってしまった。すると今度はバツがわるかったのか顔を伏せて一生懸命笑いを押し殺すと、僕の腕を2、3度ポンポンとたたいた。
「ごめんなさいね。変な勘違いしちゃって。・・・どうでしたか、有紀とゆっくり話ができましたか。」
「はい。いろんなことを話しました。これで少し気分が晴れた気持ちです。」
そういうと僕は立ち上がって時計を見た。
「そう、それはよかったわね。じゃあ、これでお別れを言えますか。」
僕はお別れという言葉に少し抵抗を感じたが、もう一度有紀の墓の前にひざまずいて手を合せた。
「有紀。オレ、明日オーストラリアに帰るんだ・・・。
まったく自分勝手な人だと思ってるだろうな。・・・そうだとしたら、ほんとにごめん。満足なこと何一つしてあげられなくて。
・・・・・・・・・。
3年前に日本に帰ってきてね、オーストラリアに帰れなくなって行き場がなくなった時、すっかり八方塞な気分になってしまってね。・・・オレは自信をなくしてた。だって、さんざん君にはいろんな偉そうなこと言ってきたけれど、この程度で終わるようだったら、自分は単なる軽い浮き草程度の生き方しかできない人間なんだったんだな。って思ってしまって・・・。反省ばかりしてたよ。
・・・・・・・・・。
だけど、オレもげんきんな人間なのかな。3ヶ月前にオーストラリアから仕事の話が舞い込んだ時には、正直言って舞い上がった。やっと頑張って種を蒔いてきたことに芽が出た思いだったんだ。だから、迷わず快諾したんだ。
10年前まで、この国が僕にとって全てだった。良いも悪いも、この国の中でもがくことしかできないでいた。でも今は違う。迷った時に自分が歩いて来た路を振り返って、いろんな答えを導きだせるようになった。それだけの経験を僕は多くの国で積んできた。
だから大丈夫。これからはきっとうまくやっていける。心配しないで見ていてほしい。
そうだな。明日僕はオーストラリアに帰るけれど、もしかしたら、10年後にはヨーロッパにいるかもしれないし、もしかしたら東南アジアのどこかの国で働いているかもしれない。ハハハ・・・。もしかしたら、まったく想像もできないような国で人生を終わるかもしれないね。そんな人生が送れるようになっただけでも凄いことだよね。
・・・だけどこれから毎年8月には、僕は必ずここに帰ってくるつもりだよ。
いつだったか、有紀言ってたよな。私はこれまでの人生の殆どをいろんな国で過ごしてきた。だからどこが故郷かわからないって。それもさみしいよな。・・・だから、オレの故郷はこれからここにしようと思ってる。日本で待っていてくれる君の元へ帰ることだ。」
僕はそういって有紀の墓を優しく撫でた。
「じゃあ、行くからね。」
それから僕は立ち上がると、一度も振り返らないで歩いた。振り返ってしまうと、寂しそうな有紀の顔を想像してしまいそうで、それが凄く嫌だった。
有紀の父親は僕が訪ねることを心待ちにしていたようで、着くとすぐに迎えに出てくれた。
僕はこれまで何もできなかったお詫びを言おうとしたけれど、有紀の母親に大体のことは聞いていたらしく、もうそのことは水に流そう、そういって何も聞こうとはしなかった。
ずっと勝手に想像してたように、有紀の父親は長年海外を仕事で渡り歩いてきたひとらしく、何に対しても柔軟的な考え方の持ち主で、ひとつの偏った観念で物事を判断するような人ではなかったし、それよりも僕はその実直さに驚いた。
日本での最後の夕食を僕は彼らと供にしながら、有紀がもし生きていれば、僕はこの人達と良い家族になれただろうにと思い、凄く残念な気がした。
「ショウさん、ちょっと一緒に来てくださる。」
食事が終わると、有紀の母親は僕を呼んで二階に上がっていった。そしてひとつのドアのところで立ち止まると、そのドアを静かに開けた。
「ここは生前有紀が使っていた部屋なのよ。数年前まではなるべくあの子の思い出を消さないために、何もいじらずにいたのだけれど、汚れが目立つようになって少し整理をしたの。だから今はさっぱりしちゃったけれど、それでもカーテンやベッドやあの子が買ってきた装飾品はそのままよ。お入りになって。」
有紀はあまり派手なものは好きではなかった。目鼻立ちがはっきりしていて美人と呼んでもいい位の人だったし、海外で生きていたぶん言動もときに大胆だったりしたが、その反面控えめなとこと、やけに冷静で冷めた部分がある人だった。その性格からなのか、プライベートな空間のインテリアの色彩も、淡い色を彼女は多く取り入れていた。
ただそんな部屋の一番大きな壁には、輝くような真青な空と蒼い海と白いヨットが写ったシドニー湾の大きなポスターが貼られていて、僕はそれを見て、やっと本当に有紀がこの部屋にいたことを実感した。
「ショウさん、有紀の持ち物は、今はこれだけしかないんですよ。よかったらこの中から何か貰ってやってもらえませんか。」
そういって有紀の母親は、押入れの中から箱を二つ取り出してきた。
「目ぼしいものはお友達に譲ってしまったので、有紀の想い出になるものがあるかどうかわかりませんが、好きなものをお持ちになって。」
そういうと、有紀の母親は僕を残して部屋を出ていった。
僕と有紀が一緒にいた時間は極わずかだった。だから何を見てもその物から有紀を想い出せるものはなかった。
だけど、たぶんそれは家族の想い出として残してあったのだろう、宝石箱を開けたとき、べっこう細工のバレッタに目がとまった。
それは、僕が住んでいたシドニーのホステルで、初めて有紀に会ったとき、有紀がポニーテールの髪に付けていたものだった。篤に呼ばれて振り返った有紀の髪に付けていたこのバレッタを、僕は鮮明に記憶の中に留めていた。
成田発香港、バンコク経由デリー行きのエアー・インディアは、東南アジアからインド一帯のシーズンが雨季ということもあり、それほど込んでいないように思えた。。
エアー・インディア、ビーマン・バングラデシュ航空、パキスタン航空などは、以前の僕ら貧乏旅行者には大変ありがたい料金設定をしてくれていたので人気があった。特にバンコクを中心にしてさばかれるディスカウント・チケットの大半は、この中のどれかの航空会社の便になる可能性が高く、シーズン中は同じようなバックを背負った、同じような連中で込んでいて、日本から出る飛行機も同じような状況だった。
機内に入ると僕は指定された窓際の席に着き、早めにシート・ベルトを締めた。
国際線の外国の航空機には、クルーが外人ということも含めて独特の雰囲気があり、僕は久々に自分がまたこんな舞台に返ってこれたことが嬉しく、一人で何か満ち足りた気分にしたっていた。
「あの、ここいいでしょうか・・・。」
「えッ。」
見上げると、若い女の子がチケットを持って立っていた。
「あ、もちろん。」
意外だった。これだけ空いている飛行機だから、まさか隣の席に誰かが座ろうなんて考えていなかった。
「すいません。」そういうと彼女は軽く会釈をして、手荷物を上のキャビネットに投げ込むと、滑り込むように隣の席に落ち着いた。
僕は少々面食らったが、よく見ると少しずつだけれども乗客の数は増えていた。
だけど隣が若い女性ということに、僕は悪い気はしなかった。
飛行機は定刻にエプロンを離れた。
プッシュ・バックされる飛行機の窓から、僕は機外で動き回る人達や、遠くで動いている自動車を食い入るように見つめた。当分見ることのできない日本の雰囲気というものが窓の向こうにあり、僕はさようならと心の中で呟いた。
キャプテンがクルー達にシートに座るように指示を出し、滑走路に入った飛行機はフル・スロットルで加速を開始した。
飛行機は物凄い勢いでスピードを増すと、十数秒後には、はっきりと車輪が陸地を離れるのを感じた。ランディングの振動が消え、ジェット・エンジンの劈く音がモーター音に変わって機内に伝わった。
飛行機の車輪が地上から離れて浮き上がる瞬間に、過去僕はそのつど違うことを思った。
初めて海外に出たとき、僕は不安でいっぱいだった。現在のようにインター・ネットですぐに情報が取れるわけでもなく、むこうの国でどうすればいいのかずっと考えていたような気がする。
二度目になると、さすがに飛行機にも慣れて余裕も生まれ、飛行機が離陸した瞬間からワクワクした気持が始まった。
そして三度目に、日本社会から完全にドロップ・アウトして離れるときには気持ちが重たかった。自分だけが何か好き勝手をしていることに少しだけ抵抗があった。飛行機の車輪が陸地から離れ、街や山が黒い塊にしか見えなくなるまで、僕はずっと窓から下を見ていた。自然に涙が出たことを覚えている。
そんな今までの経験から比べれば、今回の出発はこれまでの離日の中で一番落ち着いた、まるで隣町に出向くような気分だった。
上着の内ポケットの中には、滝さんと有紀がいた。それだけでも僕は心強い気持ちだったし、これから訪れようとする国がどんなところでも、これまでの経験からまったく何の不安も感じなかった。海外はいつの間にか僕にとって身近で狭いものに変わっていた。
「あの、どこまで行かれるんですか。」
ずっと黙ったまま側で座っていたその女性が、そういって話しかけてきたのは、飛行機のシート・ベルト着用のサインが消えるのと同時だった。
「僕はオーストラリアに行くのだけど、今日はバンコクまで。あなたは。」
「私はニュージーランドに行くんですが、やっぱり今日はバンコクまです。・・・もしかしてバンコクお詳しいですか。」
僕は以前バンコクには何度も出入りしていて、大体のことはわかると教えた。
「そうなんですか。・・・あの、もしよろしければ、向こうに着いてから市内までご一緒願えませんか。実は私バンコクは初めてなんです、それにこの飛行機バンコク到着が夜中の2時でしょ。どうやって行けばいいのかわからなくて。」
僕が彼女のように、初めて日本から飛んでバンコクに入ったのもやはり真夜中だった。
ただあの頃はまったく情報もなく、仕方なしに僕はバンコクに行くローカル・バスが夜が明けて動き出すまで、ドン・ムアン空港ターミナル・ビルの四階まで上がって、スリーピング・バッグを床に敷いて寝た。
「たぶん大丈夫だと思うよ。今は昔と違って、あの有名なカオサン・ロードから客を送ってくるミニ・バスがいつも動いているだろうから、適当に聞けばバスのドライバーのほうから声をかけてくるだろうからね。君もあそこに行くんだろ。」
彼女はそのつもりですと答え、よろしくお願いしますといった。
「ところでニュージーランドには、ワーキング・ホリデーで行くの。まだ学生かい。」
彼女はニュージーランドにはワーキング・ホリデーで行くが、学生ではないといった。
「実は私は国立の某大学を卒業して、とある一流企業に就職して、頑張って上を目指してやろうと思ったんですが、自分の点数ばかり気にする上司と、意欲があってもまともな仕事を与えてもらえない会社にほとほと嫌気がさして、自分から辞表を出して辞めてしまいました。それで何をしようか考えていたんですが、知り合いにニュージランドのワーキング・ホリデーのこと教えられたもので、ニュージーランドで一年滞在して、何か新しい発見でもあれば、これからの人生をもっと積極的に考えて生きていけるかもしれない。そんな気になって日本を飛び出しました。浅はかだったという気が本当はちょっとあるんですが、こうなったら根性据えて前向きにやってくつもりなんですよ。フフフ・・・。」
僕は黙って彼女が意気込んでする話を聞いていたが、その内に昔の自分のことを思い浮かべてしまい可笑しかった。
「ひとつ忠告して上げるけど、初めて長期滞在する国には魔力があってね。特にニュージーランドのように、世界で最も人が良い国と呼ばれているようなところなら、なおさらだろうけど。その国だけに目を奪われてしまうと、次のステップがなかなか踏めなくなるもんなんだ。いろんなことに首を突っ込んで、いろんな経験をしてみたいなら、なるべく多くの国をこれから時間をかけてでも見て歩くべきだね。」
彼女は黙って頷いていた。
もしかしたら、男という生き物よりも、女という生き物の方が、いろんな環境や条件に対して順応は早いんじゃないかと僕は思うようになっていた。成人と認められるようになると、将来男は内にも外にも責任を感じる義務観念があって、それが結果行動力を鈍化させる大きな要因のひとつだと思うが、女の場合どちらかにウエイトをおいて考えることができるわけで、実際海外に長期滞在している女性達のなんと気ままなものか。と僕は海外で出会った女性達を見て思ったことがあるが、男よりも逃げ道がある気楽さと、女だけが持つ割り切り方は、正直僕には羨ましいものだった。
そういった意味では、もしかしたらこの女性は、僕よりもさらに多くの経験を積んでいく可能性があるわけで・・・。そんなことを考えながら僕はまた楽しい気分になっていた。
「どうかしたんですか。何か嬉しそうだけど・・・。」
「いや、ごめん。何も・・・。」
ワーキング・ホリデーという制度の締結が多国との間で結ばれたことにより、僕達の次の世代が、彼女同様にどんどん世界中に出かけて行き易くなった。そしてより多くの世界を見た若者達の何割かは、きっとそのうち自分自身や日本社会に対して疑念を抱き、変革を叫ぶようになってくれるだろう。僕や有紀が以前海外にいた頃に比べると、数十倍の情報量を自分の手で簡単に得られる時代になった。その結果が早く形になって現れてくれたら僕は嬉しいのに。と、思うのだった。
飛行機はどんどん高度を増していった。
眼下に見える日本という国が、今はただの黒い塊となって広がっていた。
昔、山間の小さな中学校に通っていた頃、二学期の体育祭を前にすると、130人足らずの全校生徒はグラウンドに一列に並んで、グラウンドに落ちている小石拾いをするのが常だった。残暑が続く暑い校庭で、僕らは文句ばかりいいながら小石を拾って歩かされた。
だけど、全員が列をなして校庭を横切った後に集められた小石の数を見て、僕達はいつも驚いたり感動したりしたのだった。以前と比べ明らかに違うグラウンドに、僕達は何も言わなかったけれど、満足感と充実感をもらっていた。皆が同じ意思で集まって動けば、そこに何だかの発見があり、そして何だかの変化が生まれるということを教えられていた。
僕や有紀はこれまで、自分のポケットに詰め込めるだけの小石を、広い世界というグラウンドで拾ってきて、世の中には黒や白だけのこいしじゃなくて、赤や青や黄色や、それから形の違ったものも沢山あるんだということを分かってもらいたかった。知って貰いたかったに過ぎない。
皆が真剣に列をなして世界というグラウンドで小石を拾い始めれば、きっとこの国は変わっていけるだろうに・・・。雲に少しづつ覆われていく母国を見ながら僕はそう思っていた。
飛行機が雲を抜けると、そこには真っ青な空と眩しく輝く太陽がまっていた。
「下が晴れていようが雨が降っていようが、ここはいつもいってんの曇りもない世界だよな、有紀。いま君は毎日こんな世界で暮らしてるんだろうな・・・。僕はまだまだここにはこれないだろうから、もう少し下で頑張ってみようと思う。君のぶんまで頑張ってね・・・。」
果てしなく続く白い雲のグラウンドが、日本の上空から遥か向こうの外国まで広がっていた。
−完−